銀座の画廊<秋華洞>社長ブログ

秋華洞の社長、田中千秋オフィシャルブログ。 近代絵画・古美術を扱う美術商。「秋華洞・丁稚ログ」改題。

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天職というものはあるのか

   

天職、なんてありません。辛くない程度の仕事ができればいいのでは、と2ちゃんねるの創始者のひろゆきの記事が面白いと思った

https://r25.jp/article/562936527442141326

先日、心から楽しい、と社員が思える会社を作りたいと書いた。それは本心である。

けれども、一般論として、何か仕事を選ぶときに、必ず大好きな仕事を選ばなければならない、と思いつめるのもまた気の毒な事である。

画廊を経営していると言うとたまに聞かれる。

絵が好きなの?自分でも描くの?自分ではどんな絵が好きなの?

僕は絵が好きだから、という訳でこの仕事を始めたわけではない。父や祖父がやっていた仕事を、たまさか「試し」にやってみただけだ。それを自分が好きにやれるような仕事に作ってきただけだ。

なるほど、今お客様のお持ちの作品の査定をしたり、買えるかどうかドキドキしたり、買ったら買ったで売れるかどうか心配したり、毎度憂鬱でもあるが、やはり面白い。

一人一人違う画家作家たちとの出会い、喜び苦しみに日頃付き合うのも楽しい。

昔の文人、貴族、画家たちの信じられないような素晴らしい仕事や、その個性に出会うのも面白い。

まいにち、楽しい。

楽しいが、楽しい「から」やっている、というのとは、少し違う。

よりマシな生き方をしたいと思ってコツコツやっているだけだ。

僕は若い頃、映画に恋して恋して夢見て挫折して苦しんだ。死にたいとは思わなかったが失恋に泣くように抜け殻になった時期もあった。相米慎二監督にゾッコン憧れたが何もできずに終わった。

若すぎて傷つきやすく、たまたま映画をやめてしまったが、人生なんて塞翁が馬、「人生ゲーム」のルーレットのようなことで命運が決まる。

映画の世界に戻る可能性だってあっただろうが、たまたま戻らなかった。だが映画を仕事にしていたら、きっと今のように淡々としているだろう。

仕事だもの、憂鬱だったり、たまに嬉しいこともあり、そこにはやはり同じように日常があるのだろうと思う。

要するにどんな仕事も、同じなのだ。

なので、ひろゆきの言う事はよくわかる。職業なんて、その時代に必要なことをやるしかない。画商なんて業種も、そう古いわけではない。利休あたりから数えれば、400年ある職業だが、現代ある「画廊」的な有り様は、せいぜい百年位の仕事だろう。たまさか、いまあるこの仕事を大事にする。二百年前に生まれていたら、他の仕事を考えるだろうし、今のこの会社の百年後は、別の仕事をやっているかもしれない。その時代に必要のある仕事を探すだけだ。

何かにしがみつくようなら、それは惨めだ。楽しいように、あるいは儲かるように、工夫して生きていく、それだけだ。

AIで仕事がなくなるとか本がたくさん出てるけど、大したことないよ。道は開ける。

 

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