銀座の画廊<秋華洞>社長ブログ

美術を通じて日本を元気にしたい! 銀座の美術商・田中千秋から発信—-美術・芸術全般から世の中のあれこれまで。「秋華洞・丁稚ログ」改題。

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序の舞を読み終わって

   

上村松園の一生に材をとった宮尾登美子の小説「序の舞」を先日読み終わった。
松園本人しかあきらかに知り得ないだろうと思われる、例えば人知れぬ恋の逢い引きのディテイルなどが描写されていて、かなりの想像でっちあげがあるだろうし、子孫たちがこの小説の発表には難色を示したということもさもありなんである。

がしかし、やはりひとりの女がまさに万難を排して画家として身を立てた喜びと苦しみがありありとリアリティを持って立ち上がってくる筆力にはどうしたって敬意を持たざるを得ないし、松園の作品(ついでにいえば松篁の作品、淳之先生のものも)への興味も改めてわいてくるものになっている。

 

それにしても、松園の芸術の産みの苦しみと、師松年をはじめ恋と性に翻弄されていく中で、彼女自身しか決してわからない苦しみ、緑青を飲む寸前(これだってフィクションであるにせよ)までいこうが行くまいが世間や他人は決して理解できない心の奥底、つまり絶対的な孤独というものは、私もあなたも多分抱えている共通のテーマであり、当然宮尾登美子にとってもリアリティのあるテーマであったろうことが想像されて、真剣に生きることの切なさが浮かび上がってくる。

 

ところで、小説の最後、松園は文化勲章をもらうのだが、それが大団円となっている。勲章が素直に非常な喜びとして描かれる事に、この時代(戦後すぐ)の無邪気な国体への従属が感じられて、新鮮である。私の世代は、たとえばイチローが国民栄誉賞を多分さして喜ばないことで象徴されるように、国家というものへの信頼や従属感が希薄である。このことは多分不幸なことだと思うのだけれど、さしあたって仕方がないと思う。

わが社(有限会社アートオフィスJC)は、ちなみに上村松園をあつかったのはまだ一度だけであり、それも100万くらいの白拍子(このブログかメルマガで紹介しました)であった。そのうちいいものを扱ってみたいものです。しばらくの間でも素敵な作品を手元に置いておけるのはこの商売の特権でやす。

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