秋野不矩を
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静岡県浜松市に生まれる。本名は「ふく」。石井林響・西山翠嶂に師事。1930年、帝展に初入選。1948年、「創造美術(現・創画会)」の結成に参加。西洋絵画の特質を取り入れた新しい日本画の創造を探求する。1962年、インドの大学に日本画の客員教授として招かれたのを機に、たびたびインドを訪れては、風景や自然、寺院など、インドの風物を主題に作品を描いた。さらに、ネパール、アフガニスタン、カンボジア、アフリカへと、創作の場を探し求め続け、精力的な制作活動を行った。1999年、文化勲章受章。
秋野不矩 作家紹介
はじめ小学校の教師をしていたものの、19歳で画家の道に進み、石井林響・西山翠嶂のもとで絵画を学びました。
画家を志してから3年後には帝展に初入選、新文展でも特選となり、順調に官展で評価を得ていきます。
しかし、戦後になると日展を離脱し、創造美術に加わり、独自の日本画を追求するようになりました。
また、京都市立芸術大学で長年指導にもあたり、1999年には文化勲章を受章しました。
油絵を思わせるような重厚な色彩が人々をひきつけています。
創造美術から生まれた、日本画の新境地。
戦後まもなく、1948年に、自由と独立を掲げて「世界性に立脚する日本絵画の創造」を目指す創作美術という美術団体が発足します。
秋野不矩はその団体の創立会員でした。
創造美術の一員として、伝統や既存の枠組みにとらわれ過ぎていた日本画のあり方を見直し、日本画に革新をもたらす運動に秋野も加わっていきます。
そして、秋野は西洋画の技法・構成を取り入れることによって、新たな日本画の表現を生み出しました。
油絵を思わせるような重厚な色彩が人々をひきつけています。
異国との出会い
秋野不矩の作品には外国の風景が度々登場します。
秋野がそのような絵画を描くきっかけとなったのは、インドにある大学の客員教授に就任したことでした。客員教授としてインドに1年間滞在した際にインドの風土に魅了され、その後何度も訪れるようになります。
そして、インドの生活を描きだす作品をいくつも残しました。そのような秋野の作品には、インドの力強いエネルギーが込められているようです。
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