銀座の画廊で働く社長ブログ

秋華洞の社長、田中千秋オフィシャルブログ。 近代絵画・古美術を扱う美術商。「秋華洞・丁稚ログ」改題。

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小村雪岱の、魔力

   

小村雪岱は不思議な魔力を持っている。
僕は商売人だから、作品との出会いは好き嫌いを斟酌せず突然訪れる。マーケットで出くわすこともあれば、作家の関係者から欲しいと言われたり、反対に売りたいと言われたり、もある。
そんなこんなで、小村雪岱の肉筆も、高見沢版などの版画も多数扱った。
小村雪岱はメジャーかマイナーか。問われれば答える。マイナーです。上村松園や鏑木清方のような知名度もない。極彩色の絹本著色ものなんてものは多分あまりない、つまり地味である。主として挿絵の仕事で知られている。上の二人のように、何千万もする作品は存在しない。
しかし。
好きな人にとっては神のような存在である。神秘のベールに包まれた、聖なる存在である。
泉鏡花の精神が小村雪岱の作品には宿っている。と。いう内容のことが松岡正剛さんのブログに描写されている。確かに、その精神があの研ぎ澄まされた世界を作っているのだろう。極限まで無駄を削ぎ落とし、簡素な「線」で複雑な欲望渦巻く物語世界を彷徨う主人公たちを描くその面相筆の筆先には神秘の力が宿っている。
美術商として仕事を始めて間もない頃、小村雪岱の極めて珍しいものを入手して、お客様に紹介した。その時不手際で、二人の方から同時に注文をもらうことになり、ひとかたをお断りする羽目になった。両方に事情を説明したように思うが、双方にひどく嘆き悲しみ怒られた記憶がある。そんなに怒るのなら値段を二三倍くらいにしておいたらよかったのか知らんと思ったものだが、その時僕は彼の作品がもつ魔の魅力を知らなさすぎた。値段の事はともかく、あの線から立ち上がるデザインの魅力は他の何にも代え難いのだ。
浮世絵に例えれば雪岱は歌麿でも国芳でもなく、春信だとはよく言われることだ。コレクターも、春信と雪岱は重なる。確かに細い線で小柄な女を描く世界観は似ている。

だが春信には我々近代人にはうかがい知れないほどの猥雑さと遊戯性が強い。今ならエロ漫画家、森山塔に存在感は近いかもしれない。

しかし雪岱は本人の居住まいも、作品の居住まいも、一切崩れる事がない。今で例えれば誰だろう、思いつかない。きっとどこかで人知れず仕事をしている誰かに似ているのかも知れない。

どこまでも抑制的で、美しい。自分の自我を作品に表現するというよりは、舞台装置や、資生堂の意匠部の仕事でも知られるように、なすべき仕事の前に、ひとつひとつ向き合い、自分の分を守る、明治の日本人らしい精神の持ち主だったように思う。
53歳でその慎ましくも美しい人生を閉じた。

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