銀座の画廊で働く社長ブログ

秋華洞の社長、田中千秋オフィシャルブログ。 近代絵画・古美術を扱う美術商。「秋華洞・丁稚ログ」改題。

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服部しほりと現代

      2017/10/17

今週、金曜日から始まる東美アートフェアにて、弊社は服部しほりの個展を行う。

 

すでに全作品が納入されているが、ひとつのこらず素晴らしい出来栄えに、会社全体が騒然となった。

 

ところで、現代美術(コンテンポラリーアート)、という言葉があるが、この定義について、皆さんご存知だろうか。

 

現在作られている同時代の美術、というのがシンプルな定義であって、その意味ではいわゆる日本画であろうと、油彩であろうと、現代美術と呼ぶべきであろう。

 

しかし、日本においては、事実上、棲み分けがある。技法あるいはコンセプトにおいて、伝統的な技法から革新を試みた作品のみが現代美術と呼ばれる。なので、日展・院展などに出ている作品群は現代のアートでありながら、いわゆる現代美術とはみなされないという奇妙な状況がある。アートフェア東京でも、「現代」と「近代」は別々の場所にブースがある。日本ならではの光景であろう。

 

だが、いえることがある。私は日本画ですよ、とか、現代アートですよ、とか、ある種のジャンル観に捕らわれている画家がいるとすれば、その画家は、安全地域にはいても、あたらしく今の人の心を打つことはないし、また、歴史的にも、価値は認められないであろう。画廊にも、それは言えるかもしれない。

 

現代アートでーす、日本画でーす、というところに落ち着いていて、何ができるであろう。

 

服部しほりの作品群は、技法においていわゆる日本画そのものであり、その「線」にこだわった筆法と、荒れ狂って愉しげな人物や動物たちは、蕭白を想起させる。蕭白は伝統的な技法や約束事をよく知りながら、伝統を裏切り続ける過激な江戸の「現代アーチスト」であった。

 

酒を飲んで漂泊する蕭白のイメージとは異なり、服部は礼儀正しい優しい京女だが、彼女は「線」にこだわる画家として、日本の伝統と強くつながっていながら、その過激ともいえる線の強さが、伝統を一回転ひっくり返して、日本画の本来の過激さを、とりもどし、革新する働きをしている。これは日本画・美人画をアップデートした池永にもいえることだろう。

 

菱田春草がかつて言ったように、日本画の定義は膠と墨で描いたというよりも、日本人絵画のことを指すべきであるのだが、その意味で言えば、こんにちそもそも「日本画」という言葉など実は必要ないのだが、日本という土地の恵みと呪縛を受けた人間が、こだわらざるをえない個の執着を突き抜けた時、たとえばカズオ・イシグロのように本当の作品が生まれるのではないだろうか。

服部しほり展の詳細は下記。

【展覧会】服部しほり 日本画展 width=

秋華洞では今年の東美アートフェアに服部しほりの作品を出展いたします。服部が描く奇妙なオヤジは鬼でも仙人でもなくむしろ理想の人間でさえあるという。そんな彼女の怪しくて豊穣な世界をぜひご覧ください。

東美アートフェア 「服部しほり 日本画展 ー明暗双双ー」

■ 展覧会期間: 10月13日(金)~10月15日(日)

■ 会場:東京美術倶楽部 (東京都港区新橋6-19-15)

■ 入場料:一般 1,000円(前売 700円)

■ ブース 3-22

https://www.syukado.jp/feature/2017/10/hattori-shihori.html

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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