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甲斐庄楠音の特集をおんらいんぎゃらりぃでやっているので、ちょっとチェックしてみて欲しい。

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 甲斐庄楠音の存在は、忘れてはならない存在である。
 現代の「自我」表現としての「美人画」の系譜に、初めて日本美術史的にはとりくんだ画家ではないだろうか。もちろんこの時期、多くの女流美人画家が、自意識との葛藤のなかで、屈折した美人画を描いていたのだけども、楠音は男と女の性を往還する自意識という立ち位置を明確に主張した初めての画家でもあった。
 わたしたち画商が扱うのは、画集によく載っているような極端な表現よりも、案外日常的な表現の作品であるが、そのなかにも、優れた技術や、何かバランスを欠いたバランスともいうべき異様な美しさをたたえている。どうしても表現のための表現に過激に走り、走らざるを得ない現代美術家に比べると、はるかに抑制的な表現が実際には多いけれども、そのぶんだけ、画面が私たちに手招きをしているような引力をそなえている。


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丸善で買った『朝まで生対談 田原総一朗X佐高信』と『国が亡びるということ 竹中平蔵x佐藤優』読んで思ったこもごもあるいは、誰か特定の人を信じてはいけないということ。

 誰か、信頼に足る論者って、いないのかな、と思って、いろんな人の本を読んだり、テレビ見たりするのだけど、最近思うのは、誰かひとり、おおむね正しい人がいて、考えたり、判断するのは、あの人で、安心、ということを求めるのは、無理だし、依存的かも知れないな、と思いますね。
 
 ぼくが、この数年の人物で興味を持っているのは、佐藤優、田原総一朗、小泉進次郎、竹中平蔵、小林よしのり、堀江貴文、橋下徹、石原都知事、ほかにもタックルに出てた三宅さんとか、ビートたけしとか、阿川佐和子さんとか、櫻井よしことか、民主党の長島さんとか、みんなの党の江田さんとか、まあ、あげれば切りがないけども、今後の日本とか、世界のなかのニッポンとか、自分の方向性とか、考えるために注視している人はたくさんいるけども、このなかで、じゃあみんな意見が一致してるかといえば、全く、一致なんてしていない。それどころか、反目している人物も少なくない。あ、あげなかったけど、ナベツネなんて人も、面白いと思っている。
 
 今のニッポンの論点。

 原発の是非。
 TPP参加の是非。
 9条の是非。
 天皇制女系天皇の是非。
 参院存在価値の是非。
 増税の是非。
 首相公選制の是非。
 
 ちょいとあげただけでも、これだけの論点があるけど、上に上げた人のうち、たぶん全ての論点について意見が一致している、二人以上の人物は、いないと思う。当たり前だよね、2の7乗の128通りの立場があるはず。
 
 保守とか革新なんて、言葉があって、これでレッテル貼りすればすむかといえば、たぶんかなり時代遅れ。最近は竹中・小泉路線とか橋下とかを「新自由主義路線」なんて呼ぶケースもあるみたいだけど、あんまりレッテルでわかった気になるのは、思考停止の危険有り。
 
 これらについて、どうせ市井の僕らが考えてもしょーがないじゃん、という考え方もあろう。しかし「バタフライ効果」じゃないが、案外、自分のちっぽけに見える意見も、すっとヨノナカを動かす事だってあるかもしれない。あまり自分の思想・行動を馬鹿にするべきではない。
 一方で、私たちは時間も情報もない。目の前の自分の商売やら生活を回していかなければならない。餅は餅屋に、政治は政治家に、批評は評論家に、ある程度まかせてしまわなければ具合が悪い。
 だが、誰かひとりに「自分の意見」をまかせてよいかと、なると、そうもいかない。上の128通り、誰かひとりが、正解、ということもないだろう。

※ちなみに、この128通りを無理に「二大政党」に分ける事にどだい無理があると思うので、いわゆる党議拘束を含む政党主義はフィクションであるとぼくは思う。強烈な同調圧力で人を束ようとする橋下新党はもっとも共産党に似ている、という田原総一朗の指摘(橋下本人に言ったらしい。面白いね、田原さんは)が興味深いのだけど、社論統一とか新聞社に求めるのもおかしいと思う。

 「同調圧力」にゆだねる、という一種コソクな手もある。自分の会社、業界、仲間、家族、風向きにあわせるのである。ひとに合わせてれば楽々。わたしはソンナコトが良いとは思わないが、多少は誰だってあるであろう。たとえば、営業職がお客さんの意見にいちいちマトモに反論などしてたら、仕事にならぬ。ただし、自分が属する共同体はたいてい複数ある。みんな、微妙に風向きが違う。風向きが違うとすれば、やはり自分で考えるほかない。
 
 大事なのは「誰かひとりが正しくて、それ以外は皆それに合わせればよい」ということは、ない、ということである。あるいは「正しい人」と「間違った人」が居て「正しい人」の言うことはいつも頷いて、「間違った人」の言うことはことごとく首を振る、という態度は重大な間違いをおかすだろう、という事である。
 
 橋下や石原を見ていて、「ファシズム」と恐れる人がいるのは、彼らの意見があまりに表現力がありすぎて、「正しい人」に皆がしてしまうかもしれない、という恐怖感からの警告であろう。その触覚は正しい部分もあるけれど、しかし、一方で、あれだけの表現力を持つ人間に対抗しうる表現を持つ人間がこの世にいないとしたらなんと不毛なことであろう。しかし、日本の「世間」は案外、正しく判断する。下らんことを言ったら、下らん、と、マッサージのおばちゃんもヤクルトのおばちゃんも容赦なく言うであろう。ボクは彼ら(石原、橋下)が好きである。修辞が上手で、話が面白いし、本質を突いている。しかしふたりとも人のことをやたら「バカ」ヨバワリするのは、いただけない。石原の文学は大抵つまらないし、橋下のギャグもたいして面白かった覚えはない。何が言いたいかと言えば、弱点欠点もあるんのだ。そういう意味では、的に人格に深みを欠いている。「バカって言う自分がバカ−」、と、子供のように言い返したくなる。
 
 小泉のオトーサン、この人も面白い人だったが、ケンカは上手であった。自民党の権謀術数を知っている人であった。権謀術数を使えなくて、出て行った石原とは違うしたたかさがある。この人は、案外ひとの悪口は言わない。あんまり人のことを名指しで「バカ」とは呼ばなかったと思う。「私の意見に反対する人は、すべて反対勢力」なんてな名言を吐いたが、「バカ」とは言わなかった。そこには老舗政党で権力闘争を生き抜いたしたたかさと慎みがあった。リーダーには説得力と突破力も必要だが、人徳と慎みも必要だ。小泉さんはあまりにおおざっぱであったので、国政はいささか混乱したけれども、政権を維持するだけの求心力に秀でていた事は間違いない。
 
 弁護士出身の代議士が多いが、どうも最近彼らの具合が悪いようだ。橋下とか仙石とか、枝野さん、ほかにもたくさんいるが、何かこう、弁舌爽やかであるが、なにか真実み、を欠いている。橋下氏の「バカ」よばわりの激しさも、弁護士という職業と、関係あるのだろうか。弁護士は、詭弁を弄する生き方を学ぶことになる、敵をやっつけることにフォーカスして、真実を置き去りにする職業なのであろうか。
 アメリカの学校ではディベートの授業があって、ある「テーマ」について、くじ引きで、賛成・反対を決めさせて、討論させるのだそうだ。ここでは「交換可能」な立場であるから、相手の「人格」に踏み込むことはない。すなわち「バカ」とは余り軽々には言わないであろう。「間違っている」のと「バカ」とは違う。「バカ」というのは、相手が判断能力がない、と総合的に判断できる、と言っている。「罪を憎んで、人を憎まず」とよく言うが、人と議論するとき、大事なのは、「意見は違うが、人格は尊重する」という事である。そうでなければ、どうして意見を交わせよう。弁護士出身の政治家がどこか具合が悪いところがあるとすれば、あんがい、そうしたディベートの基礎のトコロが抜けているところが、ひとつ。それと、政治家には「哲学」が必要なのに、誰一人、それを学ぼうとしていないところに問題があるような気がする。じゃあ、哲学ってなんなの、って、デカルトがどうとか、そゆのとちょっと違うけど、「深い思想」とか、「思想について思想する」みたいなことよね。そのあたりは上記の佐藤優の本を参照して欲しいのだけど。
 
 相手のことを徹底的に認めて、尊重して、それでも、意見が違うところを、多少腹が立っても、議論して、手を握る、みたいな議論の仕方、僕ら日本人には難しいのだろうか。
 
 それと、今の日本で、この人なら、全部思考をあずけて大丈夫、なんていう論者は全くいないので、依存しないで、いつもアンテナをはって、自分で情報を入手して考える、これが大事だね、と思う。
 
 
 

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 本日は、女子プロゴルフの公式戦、「サロンパスカップ」に行って参りました。
 プロゴルフの試合を見るのは初めて。もともと、GW中に一回は「家族サービス」しろという、妻のご命令にしたがって、「高尾山」に子ども達を連れて行く、という企画だったものが、先日来の雨で、まさに流れかけたところに、電車の吊り広告で「あなたもサロンパスカップにつくばEXPRESSで来ませんか?」というのを見て、今回の企画を思いついた次第。
 しかし、子ども達は必ずしも乗り気ではなく、上の子は棄権、下の子(中学生)を半ば無理強いして強行。あれほど(有村)チエちゃん、応援してたのに、あれは父親へのポーズだったのね?
 で、行ってみて、感心したこと。観客のマナーがいい。最近は、写真をって選手のプレーを邪魔したり、私語を発するにわかファンが増えて困る、と聞いていたが、老若男女、あらゆる年齢層の男女が来ていたが、そういう事は一切なく、おかげで、なんか写真を撮る流れにならず、場内では一切写真なし。掲載写真は入り口ゲートのもの。
 
 最近は、今季の第一試合で優勝した斉藤愛璃ちゃんと、有村智恵が気になっていたのだけど、実際に見に行くと、選手の顔よりも、動きとか佇まいのようなものが眼に生える。
 
 ゴルファーとしての動きが美しかったのは、いまのところトップのモーガンプレッセルでしたね。あのワンピースのウェアと金髪も勿論よいのだが、動きがなかなかに優雅。ボールマークを置きに片足をあげる動作など、なにかこういいものがある。かっこよかったね。
 斎藤ちゃんは、チラっと見たが、あの歩き方、なんでしょか、あのかわいらしさは。ペンギンさんみたいな。あどけない。
 横峯さくらは、ティーショットでのおそろしく股を開くのに驚く。そりゃあテレビでも見てるけどさ、実際見ると、ちょっと異様でびっくりするよ。
 で、有村智恵。クールビューティという感じでしたね。HからHへの移動中、ファンが「智恵ちゃん、がんばって。」なんて声かけても、グラサンに隠されたあごをくっくっと、うなずく程度。集中してるんだから、いちいち応えてられるか、という感じですね。でも、それはそれでいいと思う。
 藍ちゃんは勿論、一番人気でした。彼女が人気があるのはよくわかりますね。なんかこう、表情に余裕があって、にこやか。ファンが応援すると、プレーに支障がない程度に、ちらっと笑顔を送ってくれる。プレーぶりが、何か全体的に、好感が持てる。人気者なのもわかりますね。
 韓国選手は、何故か脂肪の多めの方が多いので、プロなんだからも少し考えたら、なんて思ってたりするけど、遠目に見てると、見分けやすくていい。ドラマでもマンガでもいろんなキャラがいていいように、ああいうキャラが居てもいいかな、と何か本人を前にすると、何故かおおらかな気分になる。
 肝心のプレーの方は、プレッセルぶっちぎり。日本人選手はどうにもイマイチ。昨日絶望的なパットの不調に悩んだミシェル・ウィーは、後半、ショットが冴えてきたが、時既に遅く、本日で予選落ち。
 日差しの強さで急激に変化したグリーンのコンディションにあわせられなかった有村に、明日は期待しましょう。でもプレッセル優勝だろうな。もうバーディ製造器、ターミネーターみたいな強さだったもん。
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 プレー後、有村智恵が、ひたすら、アプローチの練習をやっているのを見かけた。そう、プロは試合後、練習するんです。僕らと違って。
 
 この茨城のゴルフ場は、これ以上ないくらい美しく、かつ難しいコースであった。妻と子供は「つきあわされた」感、ありありとした帰路。はいはい、わかりました。今度来るときは友達と行きますよ。やっぱり来年は「高尾山」か。

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 唐突?でもないか、本の紹介です。お茶の水の丸善書店で、田原総一朗と佐高信の対談本と並んで置いてあって、非常に興味深いと思ったので、即二冊買いました。
 この本は、まだ途中ですが、あまりに面白いので、ブログでも紹介しておきます。佐藤優の知見は、読むと目から鱗の事非常に多く、竹中平蔵も勿論その知見は群を抜いているので、この二人の対談はすごいのですが、なかでも、「官僚を民主党・政府は使いこなせていない」というのは、本当かという議論が面白い。
 官僚は、本来優秀である、という前提があるはずなのですが、官僚自体の急激な劣化が進んでいる、という指摘が興味深い。
 曰く。
 官僚のみならず、いわゆる「エリート力」が日本では極めて弱い。そこかしこにある程度博士課程出身者がいるのが当たり前の国際社会に比して、日本は学士あがりが殆どの社会。基本的な「教養」がなさすぎて、外交官の世界でも、実際には相手の主要政治家に相手にされていない、実例をあげていて非常に興味深い。
 たとえば「ドストエフスキーに深い影響を受けた」「とくにカラマーゾフに」と挨拶しておきながら、ちょっと深い事を聞かれると、全く答えられずうつむく外交官。
 私自身は、まったく人のことを言えた義理でなく、この外交官の事を決して笑えないのですが、日本の大学システム=エリート養成システムであるはずが、形骸化していることに関しては、常に危機感を持っています。ま、自分の商売につなげて、考えると、日本で美術の売上げが海外に比して少ない事も、こちらに遠因があるかも。(ま、これはこの議論では脱線の類ですが)。
 エリート、なんていうと、日本語でとってもイメージが悪い言葉なんですけど、実際問題、日本社会ではリーダー、参謀が総理含めて何万人も必要なわけで、今回の原発処理の顛末を見ても、東電、政府に全く人材がいないという恐ろしい事実を持ってしても、「教育」の再構築が非常に重要であることは論を待たないでしょう。
 とりあえずご報告まで。
 本日も、美術館をいくつかめぐってきまーす。
 

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カタログの最新号が出た。31号である。何を隠そう、今年最初のエディションである。
遅ればせで申し訳ないです。本当に昨年来いろいろあるなかで、やっと発行にこぎ着けたものです。
まだ、発送はほんの一部なのですが、表紙の玉堂は既にご注文いただいてしまいました。有り難う御座いました!

今回は文人の筆跡類(福沢諭吉など)も多く、応挙の珍しいもの(これも売約済み)など、なかなか楽しい品揃えですので、普段目にしていない方はご請求下さいませ。(o_ _)o



ところで、本日は久しぶりに、家族で映画に行きました。
井上靖原作の「わが母の記」

ネットで口コミを見ると以上に評価が高いので、急遽無理矢理家族を連れて鑑賞。
マリオンの上の丸の内ピカデリーの劇場のドアが開くと、前の上映の客がむわっと出て来る。
この「むわっ」とした感じはもしかしたら感動して涙が乾かぬ集団の醸す空気かなー、そうだといいなあと思って映画に臨む。

・・・結果。よかった。現代っ子のウチの子ども達も鼻をすする音が聞こえてきたので、たぶん感動したのでしょう。


この映画、ほめるところはたくさんあるけれど、最近はネットで無数の映画評が載るので、ぼくの視点から3つだけ。

 ひとつめ。母親は、戦争で台湾に移住する必要があり、その事が原因で、息子と一生消すのが難しい溝が出来てしまう。老いた母親の「時間」は周囲が思う以上に、その引き裂かれたおおいなる物語を、「いま」生きており、現在を生きる息子の世代とずっとすれ違ってしまう。戦争とニッポンという歴史が個人に与えた影響、あるいは傷を、惚けた母親が海岸を歩くとき、ふと観客は感じさせることになるのだが、当の母親も映画も、そこは決して声高に語らない。むしろ息子を巡る育ての親(彼女の祖父の愛人でもある)との確執がずっと彼女の心を占めている。演ずる樹木希林言うところの「意地悪な母親」ぶりは、このエピソードをはじめとして、遺憾なく発揮される。ところで、当の息子の方は、大作家・井上にもかかわらず、母親のそうした「大きな物語」とは別の物語を生きていて、母親とはずっとすれ違ってしまう。それこそ50年以上も、この親子は理解し合うことができない。
 自分の人生と親の人生の「物語」のすれ違い、あるいは自分の子ども達とのすれ違い、永久にたぶんわかり合えない部分と、時代を超えて通じる部分が、自分自身の人生とも重ね合わせられて、どうにも感動せずには居られない。
 
 もうひとつは役者。役所広司、樹木希林、宮崎あおい、他にも、みなもうステレオタイプとはいわないが、申し分なく手堅い演技をする人たちで、手堅すぎて詰まらないと思ってしまう位なのだが、そう思っても、やはりうまくて、あの樹木希林のボケ振りも最近は見慣れてしまっているのだけど、それでも彼女に魂を直接ぶつけられている思いがして、唸ってしまう。役所広司は頑固親父を演じるにはいかにも、物わかりがヨサソウで、ミスキャストでさえあると思うけれど、勘所がきちんとしているので、納得させられてしまう。
 
 最後に、川奈。この映画に出て来る川奈はゴルフ好きなら皆知っている、超高級なあこがれのコース&ホテルである。ブルジョワ臭がよい意味でプンプンして、「細雪」よろしく、三姉妹がこのホテルでじゃれ合う光景は、なんとも、良い。川奈に憧れるゴルファーと、当の川奈コースにとって、あらたな「伝説」の出現ともいえる映像であった。
 
 
 さて、この映画を見る待ち時間などに読んだのが「美術手帖」の「草間彌生特集」であった。同行した妻の指摘だが、草間と樹木希林は顔が似ている。もし草間の劇映画を作ったら、樹木希林にやらせたら面白かろう。この特集で一番面白いのはなんと言っても草間のインタビューである。「世界的な名声」が云々というハナシで占められているこの特集のなかで、草間だけは、ひとり、天真爛漫である。少女時代から過激であった、というよりも、「過激」にしか、生きようのなかった彼女が、晩年の今、ようやく自分スペースを世に得て、幸せな作画生活を続けている様を、読者はつい愛情を持って眺めてしまう。いつか韓国の現代画廊の地下で見た草間のビデオが面白かった。「あんたたち、私が死んだら、この作品、高く売れるな、とか思ってるんでしょう?」「先生、そんなこと、思っていませんよ(笑)」なんていうやりとり。この率直さと一種のボケぶりは、樹木希林の舌鋒とユーモアにも近い気がして、やはり草間は樹木希林で決まりかな、と思ったりする。今日は実はなぜか岡本太郎記念館にも行ったのだけれど、おおいなる聡明さはおおいなるボケに通じているのだ、と思う。
 どうしても凡人である自分は「自意識」やら「プライド」に捕らわれて、草間のような強いパッションや聡明さ、からはなれて小賢しくなりがちである。でも誰もが無心に、目の前の事に一心に遊ぶ、なりふりかまわず、という事の大事さは識っているべきだろう。そのことへの「敬意」が、イギリスや世界での草間への「リスペクト」につながっているのだろう、と思う。
 
 話題変わって、最新号のSapioでは、「橋下徹」大特集である。何と時宜を得た特集で、小学館拍手である。彼の人間像への期待と留保をよーく様々な角度から取材している。なかでも小林よしのりと佐藤優の分析が興味深い。小林は「人気取りとしてのウヨク」と断じ、佐藤は、橋下をファシズムという類型で捉えるのは大きな間違いで、「マッカーシズム」との対比でとらえるべきだとする。いずれの指摘も、要するに理念が一貫していない、という事と、橋下の政策は「小泉の新自由主義」の焼き直しに過ぎない、という分析で一致しているように思う。
 だが、一定の留保がつくものの、私も彼には期待しているのである。ただ、「決められる」政治を目指す、というスローガンは不十分であると思う。どのような方向で決めるのか。おおむね「無駄を省き、競争を導入し、強い国にする。」という事なのであろうが、一方で、競争原理になじまない分野を含む「文化」を切って捨てるという単純さに危険性が潜む。当面の課題を解決する能力には瞠目するが、一方で、「日本らしさ」とは、何か、深い思索を抜きにして、簡単に判断する危険さが、これはホリエモンと同様の危うさを含んでいると思う。国家・国体・国民の、何を護るべきなのか、ということについては、すこし懐の深いところで考えて欲しいので、それこそ彼に「白紙委任」したくはない。彼の政治というものにはある意味での白紙委任が必要だ、という発言自体は、正論だけどね。
 
 

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537012_3310874645202_1068209421_3028509_2094099142_n.jpgアートフェア東京、はじまりました。プレビューデーはかなりのVIPが来た模様。自民党の元総理や例年のごとくデビ婦人など?弊社ブースでもお陰様で二つの作品が売約済みに。今回、かなりの力作揃いでそうとうのエネルギーが発散されてます。

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いよいよ明日搬入とプレビューデイである。

言わずと知れたアートフェア東京2012がはじまる。

社長さんとして私は明日も仕入の会があって、準備に入れないので、今日明日は優秀なるスタッフ達が用意してくれているけど、価格設定やらなんやら最終の詰めで案外忙しい。


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さて、今週金曜日からはアートフェア東京2012がはじまる。 VIPとマスコミ向けは木曜のプレビューもある。 われわれは、人物画の再興もじって再こう、 人物画、日本画の新たなる華、そして出会いを提起する。 ゆびのは、の池永、阿部に加えて、岡本東子が加わってくれた。緻密な表現力が楽しみなまだあまり露出の機会が少なかった作家だ。 三人が毎年自分の殻を破って進んでくれる、そういう機会を用意できれば嬉しい。 http://www.syukado.jp/jp/gallery/20120330artfair.html http://artfairtokyo.com/gallery/496.html

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最近、なぜか中国大陸とかつて交流のあった方の問い合わせが多い。
つい先日もご自宅へうかがった。

中国で日本のものを手に入れた、みたいな話はほとんど残念ながら贋物なのだけれど、
本当によいおつきあいのあった方は、いまの中国の人たちがほしがる様なものをお持ちの方もいる。

ただ、最近は中国の人は極めて慎重(バブルが調整段階のようだ)なので、売り手のお客さまも私たちじしんも、山っ気を持つと、あまりよくないことも多そうだ。

ともあれ、呉昌碩や斉白石など、人気銘柄についても、ボチボチ問い合わせがあり、嬉しいことです。彼らは、存命中から人気があったせいか、やはり作り物や複製が多いけれども、なかにはいいものがある。やはり学者肌の方ないし学者の方は、きちんとしたものをお持ちの傾向が多いように思う。

そういえば、こないだ名古屋市長が「南京」の事件はそんな、中国で言われているような事ではなかったのではないか、と発言して中国で大騒ぎになった。彼がいいたいのは、「大陸で、かつて日本人と中国人は案外、仲良くしていたので、中国当局が歴史として教えているようなひどいことはなかったようですね。」と、まあ建設的な表現をしたかったのだと思うが、残念ながら、中国のマスコミは好意的に受け取ることはまずない。なにしろ、歴史的問題で日本に有利な言い方を書けば、国賊扱いだ。

日本人みたいに「水に流す」という文化はたぶん、ないのだろう。
まあ、中国の方とは取引が多いけど、歴史問題は、しゃべったことないなあ。地雷踏むのがイヤだものね。だから、ここにもこんな事書かない方がいいのかもね。

でも、昔も今も、たぶん中国と日本の民衆、商売人、政治家は、それなりに仲良くやってきたのだと思う。それこそ1000年単位でね。
残念ながら、「日本書紀」のごとく、今の中国の立国の物語として、「敵国」日本は必要な存在なので、実態がどうあれ、私たちは歴史的に悪者にならなくてはいけないのだ。この点、敗戦したとはいえ、「立国」とは関係ないアメリカと我が国との関係は違う。むしろ、今のアメリカは、日本の近代史にとってはいつの間にか「恩人」という位置付けに変わってしまった。これはマッカーサーの勝利なのだろう。日本は恐ろしい金額をODAなどで中国に送ったらしいけれど、何しろ「恩人」ではなく、恨みの対象としてまだまだ見られているようだ。

でも、そんなことよりも、極力ひとりひとりと交流する仲で、少しでも信頼関係を作っていけるといいよねえ。いつか中国大陸でも華僑でも、本当の友達ができると、ボクにとっても中国の位置付けが変わるなあ。今のところは商売で。あ、そうだ、あとは中華料理と映画は大好き。それと今度の台北アートフェアは(大陸じゃないけど)出るつもり。申込みまだだけど。

本当のところ、人間が理解し合うのは大変なこと。同じ民族、つまり日本人同士だって、簡単なわけじゃ、ないよね。まして他の国に行くと、あるいは地方に行くと、実際問題として、地元以外の事を知らない人が大半というのが実態じゃないかな。だから、他の国に対する偏見なんて、簡単にはぬぐえない。ま、大阪が東京キライ、みたいな話とか、長州と会津にいまなお確執がある?なんていう話もあるぐらいで。でもま、前を向いていきましょう。

ちなみに、斉白石の「買取」ページは

で、中国美術骨董買取サイトは
である。

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このブログではあけましておめでとうである。

昨年は、日本自体が大変な事になってしまった年であったが、私自身も、個人的に大きなプラスとマイナスの事件が起こる非常に変化に富んだ年であった。

美術の世界も、おそらく転換期に来ているように思う。

江戸期から明治維新を迎えて、日本人は、「日本」の美術とは何なのか、という自問自答を迫られた。そのなかで岡倉天心の理念などを理論的支柱にしながら、「日本画」が曖昧ながら一歩を踏み出した。同時に日本の洋画も「文人画」的な詩想を持ち込むことで日本人のアイデンティティを下支えした。

しかし、戦後のはなやかな時代を経て「巨匠」たちを生み出した美術も、写真・映画などのメディアが発達し、さらには思想の絶えざる変化を直接的につきつける現代アートがリアリティを獲得しようとするなか、あえいでいる。

美術画廊は、得意科目に細分化して、棲み分けしているのがフツウである。ただ。自分のジャンルに安住して、どこかの村社会のなかで閉じている美術は、おそらく美術であることを自ら捨てている。

古筆にしろ、土佐派にしろ、応挙・若冲、大観、梅原、だれにしろ、新しく人の心をつかむものは、時代の美意識を早く掴んで、他のジャンル、あるいは社会につきつけた存在だっただろう。

21世紀を迎え、この時代に何をやることが「正しい」のか、誰も答えを持っていない。画廊も美術家も、簡単には食えない。だが、面白い時代ともいえる。バブリーな欲望とは無縁の場所で、新しい芽吹きが、少しずつではあるが、ある。

秋華洞のやることの主軸は、奈良・平安あたりから始まり、鎌倉・室町で発展し、江戸で熟成し、明治であらたに変化を遂げた美術の、先鋭なる諸相と、おきすてられた数々の心の宝をささやかながら再提示することであるが、同時に、過去のよきものに通ずる現代の魂も紹介していくことでもある。


・・・なんかたいそうな口調になった・・しまった。

ふるいものをやっているなかで見ている眼で、現在進行形の絵画を見ていると、おのずと見えてくるモノがあります。現代アートなんてのも、「未来の骨董屋」から見ればアンティークなわけで、ボクは今も昔もみーんなアンティークとして通用するの?という眼で見たいと思っています。


本年は、デパートさんへの進出が予定されており、一方で、海外への進出をねらっています。さらに本年中に田中の書籍企画をやったり、非公式な塾の開講も予定しています。

まずは、3月の8日から12日、「銀座室礼」グループの企画として、大丸心斎橋店に出展予定。

3月30から4月1日はアートフェア東京。「ゆびのは」の再逆襲としてあらたに人物画の驚くべき才能が登場する予定。

カタログの次号はちょっと未定ですが、夏までに1,2号出せるよう頑張ります。
最新号30号はこちら。

一方で、「銀座室礼」のVol.5は準備中。5月に発行予定。

池永康晟と阿部清子が両者とも今年は倉吉美術館の
「トリエンナーレ美術賞 菅楯彦大賞展」に挑戦。34名の推薦された候補者のなかに名前があがりました。大賞を手にするのはひとり。さてどうなるか。

ことしはウチのウェブサイトも進化の予定。とりあえずは、スタッフブログ、ものすご更新してます。

日英のメルマガも、週一で頑張ってます。
「日本美術そうだったのか通信」
「Shukado Newsletter」
バックナンバーページないが申込みは
このバックナンバーページがなかなか作れていないのが悩みの種。

ともかく、今年も頑張りますので、どうかよろしくどうぞ!




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