京都で「生誕100年 牧野邦夫展」に行ってきました
京都駅で見られる幻想絵画
先日、京都へ足を運び、牧野邦夫生誕100年を記念した回顧展を観てきました。会場は京都駅と一体になった美術館で、思っていたよりもたくさんの作品が並ぶ充実した展示でした。
牧野邦夫という画家の魅力、昭和という時代背景、そして彼の作品が観る者に与える物語性について、僕なりにお伝えしたいと思います。
牧野邦夫という画家を知るための入口
まず、牧野邦夫は大正14年に生まれ、昭和の時代を主体に制作を続けた画家です。制作年が「昭和〇年」であれば年齢も◯年である、ということになります。昭和30年と書かれていればそれは作家が30歳のときの作品であるということです。作品を観る際に「この絵は何歳の時に描かれたのか」を頭の中でパッと計算できます。
まさに昭和の作家。
彼は大正末期に生まれ、戦前から戦中、そして戦後の高度成長期へと体験した世代。彼の人生と作品を理解するためには、その時代的文脈を無視することはできません。大正期の文化的成熟を経ての昭和期の戦争という体験、戦後のアメリカ文化の流入と日本の再構築、そして60年代から70年代の学生運動やサブカルチャーの勃興——そういった時代の層が、彼の絵の奥行きや物語性を形づくっていると感じました。

昭和という時代が作品にもたらしたもの
彼が育った時代は、文化が大きく揺れ動いた時期でした。大正の幻想的でドロッとした装飾性、昭和の厳しさや禁欲、戦後の西洋文化の流入による価値観の変化。牧野の絵の中には、デカダンス的な要素や、官能と破綻、希望と絶望が混ざり合った独特の世界観が見えます。僕が若かった頃に見た寺山修司や大島渚、野坂昭如、そのほかのエロスと退廃、挑発のある昭和のサブカルチャーが醸し出した空気感と、牧野の持つ絵画の語り口には通底するものがあるように思えました。
特に戦後の風景は、ある種の虚無感と再生のはざまを行き来していました。日本らしさとアメリカ的近代性の衝突、否定、そして再構築というプロセスが、絵画表現の中にも影響を与えている。牧野の作品は、そうした時代の傷跡や欲望を、自己表現や物語化の中で顕在化させる術を持っている画家です。

作品の技術的基盤と物語性
牧野の絵には、西洋絵画の巨匠への敬意がはっきりと見えます。デューラーやレンブラントの影響が画面構成や明暗の使い方に感じられ、写実的な描写を土台にしている一方で、日本的な叙情や奇譚が織り込まれている。これらが混在することで、絵画は単なる写実を超えた「物語の容器」になっています。
絵に込められる物語は多層的です。西洋文学や哲学、例えばマルキ・ド・サドのような思想的着想を想起させる要素が混じる一方、民話や日本的な情景、あるいは個人的な回想といったローカルな語りも同居している。官能性や破綻、苦悩、ユーモア、希望の断片が混ざり合い、一つの画面に凝縮される。観る者はその複雑な語りに引き込まれ、絵画の前で立ち止まらざるを得なくなるのです。
大作に込められた「物語を封じ込める」力
今回の展覧会で印象的だったのは、大ぶりな作品が多く、そこに物語がぎっしり書き込まれている点です。僕は画商として多くの作品を見てきましたが、彼のこれだけの大きな画面は普段見ることができません。その圧倒的な作品数と、それを大事にしている個人が大勢いらっしゃることに感銘を受けましあ。作品の中に多数の物語を詰め込む一種の「伝統」のようなものは、日本にも西洋にもありますが、それは必ずしも成功するとは限りません。しかし彼の作品には、観る側に強い引力を働かせる力を持ちます。時間を忘れて細部の語りに耳を傾けたくなる。絵画一枚が一編の小説のように仕立てられています。
自画像の多さが示すもの
牧野の自画像は非常に多く展示されていました。彼は自らを繰り返し描くことを厭わなかった画家です。現代の作家では自画像を描く人はむしろ少数派になっているように思いますが、牧野は自分を繰り返し素材にして、その素材を物語の語り手として立てています。

自分を材料にして書いている、という言葉が彼の自画像群にとてもよく当てはまるのではと感じました。ナルシシズムとしての自画像ではなく(ナルシシズムがあったとしても、繰り返し描くウチにそれは南画の人物のように物語の主人公、アイコンとなるのです)、自分を巡る物語、自己意識の運動を可視化するための方法として自画像を用いているのではないでしょうか。自分の顔を描くことで、その顔が物語を語る語り部になり、観客はその視線から物語の中に誘われます。
(一般論としても、自分をモデルにすることは自意識と向き合うことで、大事な作業ですし、自分をモデルにすればモデル代もかかりません。自画像がもっとあってもよい、と僕は考えています)
千穂さんというミューズ
展示後半で特に印象的だったのが、昭和51年から登場する千穂さんの存在です。彼女は牧野の伴侶であり、モデルであり、まさにミューズでした。千穂さんが登場することで、牧野の絵は明らかに変化します。
それまでの作品に漂っていた破滅的な緊張感に、柔らかい光と生の肯定が差し込みます。寝そべる姿、歩く姿、ふとした仕草——それらが画面に呼吸を与え、絵に穏やかなリズムをもたらすのです。
また、彼女が生涯を通じて牧野を支え、作品の保存と紹介にも尽力したことを思うと、この展覧会自体が二人の共同作品のようにも感じられます。画家の人生を深く支えたパートナーがいたこと、そのことが作品世界を豊かにしたのだと改めて思いました。

展覧会の構成と観客の熱気
正直、もっと小規模な回顧展かと思っていましたが、出品数は多く、時系列の流れもわかりやすい構成で見応えがありました。初日ということもあり、幅広い世代の観客が真剣に作品を見つめており、会場全体が熱を帯びていました。
物語を封じ込める画家の力は、時代を越えて人を惹きつけます。牧野の作品は、技巧ではなく語りの密度で観る人を立ち止まらせるのです。
山下裕二先生の講演と文化の継承
初日には京都タワー近くで山下裕二先生による講演会も行われたそうです。私は残念ながら参加できませんでしたが、展覧会と連動したこうしたトークイベントは、鑑賞体験をより豊かにしてくれます。会場でしか得られない「生の語り」には、映像や文章では届かない力があります。
現代への接続
牧野の作品には、現代のアニメやポップカルチャーにも通じる人間性の描写があります。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のように、生と死、欲望と救済を描くテーマが通底している。しかし牧野の筆致はもっと深く、時間をかけて語る古典的な叙事性をもっています。
また、彼は「悪」や「闇」を描くことを恐れませんでした。画面の中の影や悪魔的象徴は、現代社会の不安とも響き合い、アートが果たす「暗部を照らす力」を思い出させます。
作品の保存と市場の視点から
画商として見ると、牧野の作品は大きさや描き込み、状態によって評価が分かれますが、最も重要なのは「語る力」です。観る者を惹きつけ、物語を感じさせる絵は、時代を超えて価値を持ちます。
また、油彩作品の保存には適切な湿度や光の管理が欠かせません。長期保存を考えると額装や裏打ちの方法も大切です。美術商としては、作品を未来へ受け継ぐための最善の手立てを常に考えています。
終わりに
牧野邦夫展は、昭和という時代の記憶と、個人の物語が織り合わさった貴重な回顧展でした。繰り返される自画像、千穂さんというミューズの登場、そして一枚一枚に封じられた語りの力。牧野邦夫という画家の生涯が、静かに、しかし力強く伝わってきます。
絵画は単なる美の対象ではなく、時代と人の記憶を宿すもの。京都でのこの展覧会が、あなたにとってその物語に出会うきっかけになれば幸いです。
https://www.syukado.jp/artist/makino_kunio
https://www.aojc.co.jp/artists/makino_kunio
