銀座の画廊<秋華洞>社長ブログ

秋華洞の社長、田中千秋オフィシャルブログ。 近代絵画・古美術を扱う美術商。「秋華洞・丁稚ログ」改題。

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近頃のこと

   

あまりにこちらの「丁稚ログ」の更新をしていないので、イケナイと思いつつ日が経っている。
実はFacebookでは、かなり頻繁に更新しており、こちらの方がやや突っ込んだことが書けるので、ついブログがお留守になっている。
題名ももう、会社が十年近くなるなかで、「丁稚ログ」というのもよくないかもしれない。しかしまだ自分がハンパ人間であることを識るためには必要な題名か。だが、対外的には意味がわからないかもしれない。社長ログ、ではありきたりでつまんないが。
10月は冒頭に実はアジアの某国に視察兼営業に行っていた。今後日本の文物を世界のマーケットに紹介して行くにはどうするべきか、考える旅である。心の中に定まったものはまだない。が、日本の古来の表現から、現代の表現まで、どのように流通させるべきか、もう少しイメージを固めていきたい。
一方で、不幸が二つあった。昨年来知り合ったゴルフ、アンド、猥談仲間?の二〇才も先輩の男性が亡くなった。春先に末期ガンの宣告を受けたが、恐るべき元気振りで、秋まで来て安心しきっていたが、彼も私も忙しくしているウチに、突如10月に入院、即刻亡くなってしまった。
さびしい上に、たぶん多くの人が影響を受ける事であろう。なにしろ、明るく、見識深く、影響力大の人であったので。
もう一人は、伯父である。思文閣の二代目社長、田中周二がつい先日、亡くなった。今の思文閣の田中大ハンカチ王子の父上である。戦後美術史および古書史上最大にパワフルな商人あった事はたぶん、多くの人が認める事であろう。にもかかわらず、あまりその事に触れた書籍がないのは、趣味人やロマンの人というよりは、商売そのものに燃え上がった人であったので、ルポが書きにくかったのか。
じぶんでいうのもオカシイのだが、うちの親も伯父も共通して言える田中の血の特徴は、なにか茫洋とした純情さで貫かれていることであろう。その特徴は、骨董屋・古書店としての知的な風貌、あるいは商人にアリガチな計算高さ、いうよりは、単純に家族を食べさせる、従業員を食べさせる、事業欲の思うままに突き進む、その一心の強さではないか。
その一種の純粋さに呆れる人もあれば、共感する人もいるのかもしれない。そのエネルギーは敵もつくったかもしれない。京都の親戚たちと私は、たぶん少し発想が違うところもあるだろうが、何か共通の一種の家族主義・共同体主義のようなところは似ているのかも知れない。芸術家や趣味人に本来あるべきなのかもしれない、孤高の面持ちとはいささか遠く離れたところに、心がある。
私は居合わせなかった(東京に帰らねばならなかった)のだが、葬儀の夜のプライベートパーティは社員一同、大泣きだったという。厳しく恐い大オヤジだった、会長の生前を思い出すと、反発するときも多かったろうが、圧倒的な純情の大きさに、涙むせぶもの、空白の大きさにハタと気がつく瞬間が爆発したのであろう。父が居合わせなかったのだが、もしいたら、心が動きすぎて、すこし疲れてしまったかも知れない。だが、そうであったとしても、何か心の清浄作用が働いたかも知れない、と思う。子のブログには書くけれど、父とは、あまりそういう話しは、しない。いつか思い出したら、するのかもしれない。これはプライベートな事なので、書かないで欲しい、と言われれば、消す。でも、こういう感傷的な事も、書く人間がたまにいてもよいのではないか。
あと付け加えれば、ひどい横領事件が業界の一部をおそった。その遠因の一角に、金融業の人たちがいることがわかっている。倫理観なき商売を彼らが強行するとすれば、恐ろしいことである。そのうちのひとりは、世の中に道徳観を説く仕事さえしている人である。この世の心の闇、偽善の闇が恐ろしいが、今はその闇の底をのぞき込み、とりのぞく作業を続けていることろである。
今、五木寛之の『親鸞』を読み始めた。上下巻になっていて、半分を読み終えた。何度、読みながら、泣いたかわからない。心の中で、むせび泣いた。どうして人は苦しみながら生きるのだろう、どうしたら救われるのだろう。その親鸞という「少年」「青年」の問いは、根源的で、率直で、共感せずにはおられない。こんなにわかりやすくて、感動的な書物だと気がつかなかった。私は日常、ほぼ楽しいので、「苦しく」はない。現代社会は平安の世に比べれば恵まれている。だが、親鸞の悩みが解決されたかといえば、いまだに人間は進化などしていない。ひとりひとりの人間がもう一度彼の悩みを形を変えて、悩み繰り返さなければ、ひとりの人生の充実はないのだ。
大冒険活劇になっている五木寛之の『親鸞』は、さすがた。ワクワク面白くて、なおかつ、生きること、すなわち煩悩と修羅を生きることの意味、を問うている。こういう根源的エンターテイメントを私も少しは作って行きたい、な。

 - 日常

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